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1927年 - パリ?ボーヴェに生まれる。5歳で父と死別し、祖父の元で育つ。
1937年 - パリ万博での衣装の展示を見たのがきっかけでデザイナーを志す。17歳でジャック?ファットのメゾンに入る。ロベール?ピゲやルシアン?ルロンのもとを経て、スキャパレリのメゾンに行く。
1952年 - 独立し、ジバンシィ社設立。初コレクションを行う。斬新なアイデアとシャープな感性が絶賛され、「モードの神童」と呼ばれる。
1954年 - オードリー?ヘプバーン主演映画『麗しのサブリナ』の一部の衣装を担当。
1955年 - 「自由なライン」として発表したウエストもヒップもないシュミーズ?ドレスが「革命的な衣装」として反響を呼ぶ。
1956年 - レディースウェアライン「GIVENCHY UNIVERSITY」を発表。
1962年 - 香水発表。
1968年 - 「ジバンシィ?ヌーベル?ブティック」開設。
1972年 - 男性化粧品発表。
1973年 - メンズウェアライン「GENTLEMAN GIVENCHY」を発表。
1978年 - デ?ドール賞を受賞。
1995年 - ユベールが引退する。後任デザイナーにジョン?ガリアーノが抜擢される。
1996年 - アレキサンダー?マックイーンがレディースラインオートクチュールとプレタポルテの主任デザイナーに就任。
1999年 - 「GENTLEMAN GIVENCHY」を「GIVENCHY」に改称。
2000年 - マックイーン、この年の春夏シーズンよりメンズも手がける。
2001年 - 秋冬シーズンより、ジュリアン?マクドナルドがレディースのオートクチュールとプレタポルテの主任デザイナーに就任。
2003年 - オズワルド?ボーテングがメンズラインの主任デザイナーに就任する。
2005年 - リカルド?ティッシがレディースラインの主任デザイナーに就任する。
2008年 - ティッシがメンズラインも手がけるようになる。
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トーマスワイルド(THOMAS WYLDE)の起源


2006年春夏コレクションでデビューする。
ファーストコレクションからLAのセレクトショップMaxfieldで取り扱われ、雑誌ELLEにも特集されるほど注目を浴びる。

トーマスワイルド
のデザイナー
トーマスワイルド(THOMAS WYLDE)
自 分のスタイルを完璧に確立している彼女がデザインするクロージング、アクセサリーは、ロックテイストに女性らしさを加えた、今までにない、セクシーでロッ カーエッジーなコレクション。現在はLAを拠点に活動しているが、80年代にはロンドンでモデルとして活躍、VOGUEなどの表紙を飾る。

その後、数々のブランドのもとでクリエイティブディレクション、マネージメント、またスタイリストを務める。

4年間コンセプトを膨らませて生まれた、彼女のシグネチャーとなるスカルのアイコンと共に、2006年春夏コレクションでデビューする。

ファーストコレクションからLAのセレクトショップMaxfieldで取り扱われ、雑誌ELLEにも特集されるほど注目を浴び、大反響を呼んでいる。

クオリティーに重点を置き、流行に左右されない、彼女自身のスタイル=永遠のロッカー、同時に都会的?知的な女性らしさを持ち合せる、そんな彼女のアイディアに共感する女性のためにデザインすると宣言している。

 【バンコク=山本大輔】東南アジア諸国連合(ASEAN)のスリン・ピッスワン事務局長が21日、タイで23日から始まる一連の首脳会議を前に朝日新聞記者とバンコクで会見し、鳩山由紀夫首相が提唱する東アジア共同体構想について「ASEAN主導で始まった歴史的経緯を強調したい」と述べ、ASEANより中国や韓国との協議が先行することに警戒感を示した。

 スリン氏は「様々な国が加盟するASEANが主導してきたからこそ、域外国も参加しやすかった。この流れに貢献することが日本に最適な関与の形だと思う」とくぎを刺した。また、鳩山首相の印象を「自由な指導者」としたうえで「自由な点がASEANにどんな影響を及ぼすかは今後の政策次第だ」と、慎重に見守る考えを示した。

 一方、米国がオバマ政権下でASEAN地域への政治的関与を強めたことについては「特にミャンマー(ビルマ)への取り組みで新たな可能性を生み出すきっかけになるかもしれない」と、民主化問題の打開への期待を示した。

 今回の首脳会議で発足する「ASEAN政府間人権委員会」が人権侵害行為への制裁権限を持たないことで、人権団体などから批判されていることについては「コップに水を半分満たしたと見るか、半分空っぽと見るかの見解の違いだ」と反論。「人権保護の環境が整っていない加盟国がある中で、委員会を持ったという事実自体が大きな前進だ」と述べ、実効性の確保に今後も努力するとした。

「中小企業が助け合う『良い談合』を推奨する」とかねて言っている亀井静香金融相と、談合を取り締まる公正取引委員会の竹島一彦委員長ら幹部が21日夕、金融庁で「火花」を散らした。そもそも、所管大臣のいない公取委の幹部が大臣に呼び出されるのは異例だという。

 金融庁17階の大臣室。

 「良い談合、悪い談合というものはありません。談合はだめです」(竹島委員長)

 「日本の生活文化の中で、適正な受発注が行われるわけで、それを考えてくれ」(亀井氏)

 談合は、公共事業などの競争入札で、業者らが水面下で話し合い、どの業者が仕事を取るかを決めること。独占禁止法などに違反するが、亀井氏は様々な場で「良い談合もある」と繰り返してきた。代表を務める国民新党の政権公約にも「明るく正しい良き談合の仕組みをつくる」と書いているほどだ。

 06年4月、衆院国土交通委員会に公取委を呼んだ亀井氏の質問をたどってみると、大企業が利益を独占するのを「悪い談合」、地方の中小企業が仕事を分け合うのを「良い談合」と考えているようだ。

 一方、「企業が競い合うことで、より良い技術や商品が生まれ、経済の成長にもつながる」というのが公取委の考え方だ。旧大蔵(現財務)官僚出身の竹島委員長はその筆頭。就任は小泉首相時代の02年で、経済界には「競争原理主義者」の声さえある。

 出席者らによると、結局、談合論議は深まることなく、亀井氏が、大企業が中小企業に対して不当に不利益を与える独禁法の「優越的な地位の乱用」や、不当に下請け代金を値引きさせる下請法違反などの取り締まりに力を入れるよう求めて終わったという。

小学校の教員採用試験の低倍率に困った東京都がこの秋、東北と九州で、2度目の試験を行う。追加の採用試験は30年ぶりという異例の対応だ。東京の受験倍率は2倍台と低く、都教委は「これでは優秀な人材が確保できない」と嘆く。必死に、先生集めに走る東京都の思いは、地方の学生たちに通じるか。

 都はここ数年、教員の大量採用を行っている。60~70年代に第2次ベビーブームで子どもが増え、それにあわせて大量採用した世代が一斉に退職を迎えているためだ。

 99年度の公立小学校の教員採用枠は200人、倍率は10.2倍だった。それが09年度は採用枠が1473人に増え、倍率は2.6倍にまで下がっている。10年度も前年並みになりそうという。2回目の採用試験は今月23日(当日消印有効)に受け付けを締め切り、11月15日に仙台市と福岡市で1次試験を行う。

 都教委は「優秀な人材を集めるのに、最低3倍の倍率はほしい」と話す。教員採用試験の予備校「東京アカデミー」などによると、09年度の小学校の採用試験は首都圏は2~3倍台と低いのに、秋田22.8倍、青森19.7倍、宮城7.4倍、福岡7.3倍、長崎13.7倍など、東北、九州地方は難関だ。

 また、高倍率の地域の受験者は、首都圏と併願するケースが多い。両方とも合格すると、ほとんどが地元を選ぶ。各地の合格発表が出そろうこの時期、東京では、ごっそり200人前後の辞退者が出る。臨時採用の先生で対応するのではなく、「きっちり採用すべきだ」という方針から、2度目の試験を実施することになった。

 都教委は「高倍率の地域は、優秀なのに不合格になった学生が残っているはずだ」として、試験場所に東北と九州を選んだ。春の試験の不合格者は対象外にするなど、人材確保に必死だ。



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